東京地方裁判所 昭和39年(ワ)11383号 判決 1966年2月18日
原告 社会福祉法人チルドレンスパラダイス
被告 石田光輝 外一名
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、原告訴訟代理人は、「被告らは原告に対し、別紙目録<省略>記載の各土地につき千葉法務局市川出張所昭和三八年六月一日受付第九一七一号をもつてなされた抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、
請求の原因として、
別紙目録記載の各土地(以下本件土地という)は原告の所有であるが、被告らのために請求の趣旨記載の各抵当権設定登記がなされているから、その抹消登記手続を求める。
と述べた。
二、被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、
答弁として、
請求原因事実を認める。
と述べ、
抗弁として
原告法人理事太尾喜代太は、昭和三八年五月三一日原告法人を代表し、代表理事エーネ・パウラスの名において、被告らから金三五〇万円を借り受けるとともに、右債務を担保するため、本件土地につき被告らとの間に抵当権設定契約を締結し、同年六月一日原告主張の抵当権設定登記を経由したものである。
と述べた。
三、原告訴訟代理人は、被告らの抗弁に対する答弁および再抗弁として
(一) 被告主張事実のうち、登記手続経由の点は認めるが、その余の点は否認する。
(二) 仮に、太尾喜代太が原告法人の理事として、その代表理事エーネ・パウラスの名において、本件土地につき被告主張のような抵当権設定契約をしたとしても、原告法人に対して何らの効果も及ぶものではない。けだし、原告法人は昭和二七年五月三一日社会福祉事業法にもとずき設立された社会福祉法人であるが、その定款には、理事の互選によつて定められた理事長が原告法人を代表する旨定められているところ、初代理事長エーネ・パウラスは昭和三七年九月老令のため後事をウイリアム・ビローに託し帰米するまで、理事長の職務を執行していたものであり、その後は現理事長ウイリアム・ビローが昭和三九年一月二〇日就任するまで、同人が事実上理事長の職務を代行してきたものであるところ、右の両名は被告主張の抵当権設定契約には何ら関係していないからである。
(三) さらに、被告主張の抵当権設定契約は、つぎの理由により無効たるを免れない。すなわち、太尾喜代太が原告法人を代表する権限を有し、その代表者の資格で、被告らから金員を借用し、本件土地に対し抵当権を設定したとしても、その金員は、太尾個人が大野建設という商号をもつて経営していた建設業の資金に充てる目的で借用したものである。他方、原告法人はキリスト教精神にもとずき援護育成または更生の処置を要する者等に対し、その独立心をそこなうことなく、正常な社会人として生活することができるように援助することを目的とし、社会福祉事業を行なつてきたものである。したがつて前記金員の借用およびこれに附帯する抵当権の設定は原告法人の目的の範囲内に属しない無効のものといわなければならない。
四、被告ら訴訟代理人は原告の再抗弁に対する認否、反論として
(一) 原告主張第二項のうち、原告法人が昭和二七年五月三一日社会福祉事業法にもとずき設立された社会福祉法人であることは認めるが、その余の事実(ただし、エーネ・パウラスおよびウイリアム・ビローが原告主張の抵当権設定契約に関係していないとの点を除く。)は知らない。
同第三項のうち、原告法人の目的の点は認めるが、その行なつてきた事業内容は知らない、太尾が個人の資格で営んでいた建設業の資金に充てる目的で被告らから金員を借用したとの点は否認する。
(二) 仮に原告法人において定款により理事の代表権限を制限したとしても、そのことは原告法人の登記簿には表示されていないから、外部に対する関係では、各理事がそれぞれ原告法人を代表する権限を有するものである。したがつて原告法人の代表権限を有する太尾が、代表理事エーネ・パウラスの名において、前記各契約を締結した以上、その効果は当然原告法人に及ぶものといわなければならない。
と述べた。
五、証拠<省略>
理由
一、原告法人は昭和二七年五月三一日社会福祉事業法にもとずき設立された社会福祉法人であること、および本件土地が原告法人の所有であり、これについて、昭和三八年六月一日被告らのため原告主張の抵当権設定登記がなされていることは当事者間に争いがない。
二、そこで、原告法人と被告らとの間に、被告ら主張の抵当権設定契約が成立したかどうかにつき判断する。
成立につき争いのない甲第一号証、証人太尾喜代太の証言および被告石田光輝本人尋問の結果と乙第一号証の存在を総合すると、原告法人の常務理事太尾喜代太は訴外石橋喜久雄を介し、昭和三八年五月三一日、書面(乙第一号証)により、原告法人の理事長エーネ・パウラスの名のもとに、被告らから金三五〇万円を、利息年一割五分毎月末日限りその月分を支払う、返済期日昭和三八年一一月三〇日の定めで借り受ける契約をするとともに、本件土地に対し抵当権を設定した上、その頃金三五〇万円の交付を受け、前記のように抵当権設定登記を経由したことが認められ、以上の認定を左右するに足りる証拠は存在しない。
三、原告は、原告法人においては、定款をもつて理事の互選によつて定められた理事長が代表することとなつており、理事の各自代表権は制限されているから、太尾には原告法人を代表する権限はない旨主張するので、この点について考えてみる。
証人大橋信雄の証言により原告法人の定款であることが明らかな甲第二号証の第五条によると、理事の互選によつて定められた理事長が原告法人を代表すべきこととなつている。
他方、前記甲第一号証と証人大橋信雄、太尾喜代太の各証言(但しいずれも後記信用しない部分を除く)ならびに弁論の全趣旨を総合すると、原告法人の初代理事長エーネ・パウラスは昭和三七年九月頃後事をウイリアム・ビローに託して帰米し、その後、同人が来日しないまま昭和三九年一月ウイリアム・ビローが二代目の理事長に就任するまで、同人が理事長の職務を代行していたことが認められ、前記各証人の証言のうち右の認定に牴触する部分は信用しない。
そこで、理事長エーネ・パウラス不在の間、原告法人の代表権は何人によつて行使されることになるのかを、原告法人の定款に則して考えてみる。前記定款第五条第四項は、常務理事は一般常務を処理し、理事長事故あるときはその職務を代行する旨定めているが、定款第二章の各条項を総合検討すると、そのいわゆる理事長の職務とは、法人の内部的事務、すなわち財産目録その他計算書の調製(社会福祉事業法第三三条民法第五一条第一項社会福祉事業法第四二条)登記(同法第二七条)理事会の招集(定款第六条)等に関するものであり、理事長の代表権限の行使については、第七条がこれを規定しているものと解するのが相当である。しこうして同条は、理事長に事故があるときは、理事長があらかじめ指名する他の理事が、順次に理事長の職務を代理する旨定めている。ところで理事長エーネ・パウラス不在中、事実上同理事長の職務を代行していたウイリアム・ビローが、その代行期間中に、定款第八条にもとずいて理事に就任した事実を肯認できる証拠は存在しない。そうだとすれば、同人は理事長の代表権限を代行できる立場にはなかつたものといわなければならないし、他に定款上さような立場に在る者の存在を肯認できる証拠は見出しえない。
以上のように社会福祉法人において、定款に定める代表者が一年余も不在であり現実に代表権を行使できず、また定款に定めるその包括的代行機関も事実上欠く場合は、定款による他の理事の代表権の制限は解除せられ、各理事が各自代表権を有するものと解するのが相当である(社会福祉事業法第三六条)。けだし、かく解さないと、社会福祉法人は対外的行為を閉され、その事業活動に重大な支障を来すこととなるのであつて、かようなことは該定款本来の趣旨に悖るからである。
してみれば、太尾喜代太が、エーネ・パウラス不在中の昭和三八年五月三一日、原告法人の理事として、理事長エーネ・パウラスの名において締結した前記各契約の効力は原告法人に及ぶものといわなければならない。
四、さらに、原告は太尾喜代太の前掲抵当権設定行為は原告法人の目的の範囲外の法律行為である旨主張するので、この点につき判断をすすめる。原告法人がキリスト教精神にもとずき援護育成または更生の処置を要する者等に対し、その独立心をそこなうことなく、正常な社会人として生活することができるように援助することを目的とするものであることは当事者間に争いがなく、証人大橋信雄の証言によると、原告法人は養護施設、育児施設等を有し、社会福祉事業を行なつてきたことが認められる。
他方、証人大橋信雄、太尾喜代太の各証言(ただし太尾証人については後記信用しない部分を除く)と被告石田光輝本人尋問の結果を総合すると、太尾喜代太は建設業を営なむ大野建設有限会社を経営していたところその営業資金に充るために、原告法人の常務理事の地位を利用して金策しようと考え、被告らに対し、右の使途を秘した上、原告法人が養護施設の敷地を買い替えるための手付金に充てる旨申し述べて交渉した結果、前記のように契約の締結を見るに至つたことが認められ、太尾証人の証言中この認定に牴触する部分は信用しない。ところで法人との間の取引行為が、外形からみて、定款に定めた法人の目的である業務の遂行に必要な行為と考えられる以上、たとえ該法人の理事がこれを自己の計算に帰せしめる意思があつたとしても、右行為は法人の目的の範囲内の行為であるというべきである。前掲の金員の借用および抵当権設定の各契約は外形的にみた場合、原告法人の目的達成に必要な行為と考えられることは言を俟たないところであるから、太尾喜代太が原告法人の理事の資格で契約をした以上、それによつて自己の利益をはかる意図を有していたとしても、これを目して原告法人の目的の範囲外の行為であるということはできない。したがつて、原告の前記主張もまた理由がないといわなければならない。
五、よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石崎政男)